訃報&やりきる
忌野清志郎さん(以後、「清志郎」と言う)死亡、あまりにも多くの人に悔やまれる死ではないだろうか。むしろ、どうせもう死んじゃったんだ、生き返ってきやしない、どうせならもっともっと多くの人に悔やんでもらいたい。
言うまでもない、RCサクセションのヴォーカリスト、清志郎についての説明は割愛する。検索すればネットは情報の宝庫だが、清志郎のバンドについて「自称パンクなバンドの数百倍パンクだ」と言うコメントが個人的には一番しっくりくる。
実際私自身、青春期をアメリカで過ごしたことを言い訳に、清志郎のファンだったことは一度も無かった。もちろん存在は知ってはいた。そんな私にとっての悔やみはもっともっと昔から(FM東京事件あたりから?)彼のファンになっておくべきだったことだ。
もっと昔から、もっとファンになっていたなら私の人生ももっと違っていたかもしれない、とまぁ、悔やみの中だけの話ではあるが、色々と青春時代も兼ねてフラッシュバックも起こるそんなタラレバな一時。心からご冥福お祈り申し上げます。
それでも清志郎は人生やりきっただろう(ここから徐々に別の話に入る@ハーフタイム)。まだまだやりたいことはあったかもしれないだろうけど、彼が今までやってきたことはどの瞬間で人生の終止符を打っても悔いの無いぐらいに1つ1つのことをやりきってきたと思う。ファンでもない私が言うのもなんだが。。。
と言うのも丁度そんなことをテーマにブログを書こうと思っていた矢先での訃報だった@後半スタート。
先日ある知人が「何をやっても飽きる」みたいなことを言っていた。
「それはねぇ、あんたが何をやっても中途半端だからだよ」と私は答えた。
気持ちが中途半端だから中途半端なところで飽きるんだと思う。加えて言うとそれは仕事についての話だったんだが、元々「仕事」は「楽しい」が根底にあって成り立っているモノではない。「人が必要としている」と言うのが根底にあり、そこには「辛さ」「難しさ」「面倒くささ」「汚さ」等、「楽しさ」の真逆の要素も沢山混じっている。
それでも仕事をやる上で「楽しさ」を感じ取れるきっかけの1つは「一所懸命やる」と言うところにあるんだと思う。何事もやりきればそれなりに楽しさは必ずあると思う。例えて言うと山の頂上に登りついたような楽しさかな。
もちろん「一所懸命やる」には「自分の意志で」が頭にあることが大前提だが。
実際彼の方が遅い時間まで仕事するタイプなので夜に強くない私に言われるのも心外かもしれない。只、1つだけ言わせてもらうと私は今やっている仕事も好きだし、全てのことには言い切れないにしても「何をやっても楽しめる」要素は彼よりは強いように思う。
決して自慢で言っているわけではない。むしろ、それが当たり前のように思ったりもする。昔もブログで書いたような気がするが、一見嫌だと思っている今の仕事も、一度手を止めてみて、一旦落ち着き、一歩下がったところから全体像を見直してみて、気持ちを切り替え、改めて、もっと好きになれるよう一所懸命取り組んでみるもんだと思う。
そうすることによって初めて次のステップ、次のステップへとステップアップしていく「前向き人生の扉」が開かれてきて、最終的には生涯の仕事となる天職に辿り着ける、と言うのが私の信念の一つでもある。
昔のブログ、検索したら見つかった(笑)。
余事の余談: 好きなことを仕事にする、もしくは今の仕事を好きになる
基本的にそんな考え方だな。
彼の場合、私よりも若いし、バイタリティーもある、良い要素も沢山あるんだから「心の持ちよう」で台無しにしたらあまりにも勿体無いように思う。
余談の余談だが、同じ会話の中で「楽しい会社ってないですかね?」と言う質問の返答に何社か名前を出したんだが、1社名前が出てこなかった。下記がその会社。
楽しい会社かどうかは一言も書いていないんだが、和風来客室は是非弊社もパクらせていただきたいと内心思うところ@未来に向けての覚書(笑)。
本日の一言:
どの瞬間に人生の終止符を打っても悔いの無いぐらいに1つ1つのことを一所懸命やりきる。
広ブロっち♪ d(^-^)