うっかり野郎を正す
40にもなって最近ようやく気付いたことなんだが、私の人生、様々な箇所で「うっかり野郎」に泣かされてきたのではないかと思う。
もちろん、私の中で存在する妖怪(?)のことだから話を裏返すと自業自得そのものではあるのだが。
と言うわけで最近
「うっかり野郎を正す」
と自分自身に向けて日々心がけているのだが、面白いことにそう心がけいる中でも うっかり野郎 はところどころ私の人生に忍び込んできてはイタズラを仕掛けていく。
「あ~、また うっかり野郎 にやられた~~」
と自分自身に呆れるんだが、その一方で気付いた瞬間に学びがあったりもする。
と言うのも、言うまでもなく何にうっかりしていたのかにまず気付く。
そして、軌道修正を余儀無くされる。うっかり野郎 が散らかした現場の修復作業を行わなければならない。
時間とエネルギー、時にはお金のロスも発生する。うっかり野郎 が起こした機会ロスなんて無限大かもしれない。もちろん、中にはカンマミリ秒で解消することも多々あったりするにしてもだ。
学びと言うよりも反省と言った方がしっくり来たりもするが、うっかりの原因が明確になり、明日に向けての改善に繋がるようであればそれはまぎれもない学びであり、収穫と言えるケースも決して少なくない。結局のところ全ては気の持ちようだとは思う。
後、「うっかり野郎」と思ってイメージしてみると幅広い意味でありとあらゆる箇所に登場していたことに気付く。改めて考えてみると人生の失敗の大半は うっかり野郎 のイタズラだったんだと思う。初恋の人と付き合えなかったのも少年野球のグラウンドで腕時計を無くしたのもまぎれもなく うっかり野郎 の仕業だ。笑
とまぁ、自分の失敗を人のせいにしていたら只のバカだが、自分の中の存在なので冒頭でも申し上げたように結局は自業自得。
「うっかり野郎を正す」
実は言うと、実際の心がけでは「うっかり」と「野郎」の間にカタカナでカ行の3文字目とサ行の5文字目も入れている。下品な言葉なのでブログではその部分を外したが、自分に喝を入れるためにもあえてその部分を強調している。
自身の在り方をしっかり正していきたいと強く願っている今日この頃。
広ブロっち♪ d(^-^)