本日の道元:人を思いやる
地球が宇宙の中心にあって、まわりの天体が地球を中心に動いているという天動説が16 世紀まで信じられてきたように、人は自分が宇宙の中心にあってまわりが自分を中心に動いているように思いがちなところがあるように思います。
正しくは地球も宇宙の一部として動いていると言う地動説であって、我々人間も同じく、宇宙や社会の一部だと言う認識を深め、他の人達との共存共栄にもっと力を注ぐ必要があるのではないでしょうか。
と、自分に言い聞かせないといけません。
広ブロっち♪ d(^-^)
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地球が宇宙の中心にあって、まわりの天体が地球を中心に動いているという天動説が16 世紀まで信じられてきたように、人は自分が宇宙の中心にあってまわりが自分を中心に動いているように思いがちなところがあるように思います。
正しくは地球も宇宙の一部として動いていると言う地動説であって、我々人間も同じく、宇宙や社会の一部だと言う認識を深め、他の人達との共存共栄にもっと力を注ぐ必要があるのではないでしょうか。
と、自分に言い聞かせないといけません。
他人や周囲に対する不満は自分の中に存在している殆ど同じ要素を鏡のように映し出しているからだ、と仏教の世界では言うようです。
色々と考えてみると「なるほど」とも思うのですが、ついつい忘れてしまいがちです。
それでも似たような認識のある仲間と話し合っていると、日常の不満に対しても「そっか、○○は自分の中の△△と同じなんだね、だからオレも気になって仕方ないんだ」と見えてくるモノが多々あります。
そんな仲間は個々の成長に欠かせない大変貴重な存在だと思います。
心にゆとりを持ちなさい、と言うことなんだと思いますが、只今猛烈にたてこんでいるので正に今の私にあてはまることだと重々認識しているはものの、期限内にやらないといけないことは期限内やらなければなりません。
深呼吸しながらがんばりましょう。
毎日食卓に並んでいる食事がそこにあるのは決して当り前なことではないこと、無くなって初めてそのことに気付く人も多いのではないでしょうか、想像力を使えばそんなに難しいことではありません。
我々は毎日体外から自分以外の生命をいただきながら、自分の生命を燃やし続ける燃料や材料にしています。いただいているからには「ありがとうございます」と感謝する方がむしろ当り前だと思います。
私達一人一人が日々、生かされて生きていることにもっと気付かなければいけませんね。
実に当り前のことですが、その当り前な行為を怠っているのが我々大衆日本人だったりします。
テレビ番組では食べ物を遊び道具に使ったり、パーティー会場では料理を大量に食べ残し、コンビニ弁当も年間無休で大量に廃棄。。。肉料理が簡単にゴミ箱に捨てられていくのをよく目にしますが、人間様の食源のために尊い命が犠牲になっていることなど全く気にも止められていないのでしょうか。
むなしいね。
素晴らしい文化を持つ我が国日本の実に愚かな近代文明的日常習慣のギャップを、どうにか少しずつでも前者寄りに溝を縮めていきたいと強く願う所存です。
生意気言って申し訳ございません。
今風に言うと「パワー・オブ・セレンディピティ」ですね。
個人的に、偶然な出来事が起きた時はそのこと自体に意味を見出そうともしますが、さほどの意味が思い浮かばない場合もありまして、そう言う時は今現在進行中の物事が正しい方向に進んでいる、と言うお墨付きをいただいた、と捉えるようにしています。
誰から?と言うのは置いておいて。自己対話の中でのやりくりです。
「自分もいつか必ず死ぬ」これだけは紛れもない事実です。
長い人生も死ぬ間際の一瞬のために生きているのではないか、とたまに思うことがあります。
つまり、悔いのないように生きることです。
それに尽きるのではないでしょうか。
真実は人から教えてもらうのではなく、自分の中から感じ取るモノだ、と言うことだと思います。
まぁ、そう教えてもらったところでまだ掴めきれてはいないんでしょう。実体験に勝るモノはなく、物事が言葉を介している間は発信者と受信者それぞれの先入観の入った二次的な情報に過ぎない、と言うことは予め念頭に置いておいた方が賢明かもしれません。
ジャス・ドゥ・イッ、です、某スポーツメーカー的に言うと。
頭だけで理解しようとしてもわからないこともある、と言うことだと思います。
自分の脳を中心に世界が巡っているのではなく、自分は広い宇宙の中をポツンと輝く星の1つだと思えば、今どうしてもわからないことでも風向きが変わった時に全てが解明するようなこともあることが何となくわかるのではないのでしょうか?
時には息抜きも大事です。
行き着くところは「社会貢献」とか「世のため人のため」と言う言葉になるかと思います。お金を支払ったサービスから得る自分自身の快感ももちろん大切ですが、自らが努力して創り上げた物が他の人に喜んでもらえることの喜びはこれまた奥深い快感であり、生まれてきた甲斐がそこにあることを実感できます。
人のために尽くすことによって世の中での自分の存在感が実感できるようになる。
この快感は実に爽快で且つ奥行きのあるモノだと思いませんか?
今は難しくても10年後にそのような生活に辿り着けることはガムシャラに頑張れば何とか可能だとは思えませんか?
そう信じて夢に向かっているだけでも、それだけでも充分に値する快感だと思います。
そこまで来れたら後必要なのは辛い時でも支え合っていける仲間との出会いだけじゃけぇ。
今風(?)に言い換えると「あなたは世界に一つしか存在しない花」と言うことですね。
どう咲かせるのかはあなた次第ですが、今更他人には成れません。
逆に、「学ぶことは真似ること」とも言います。それも最後には自分のモノに落としこむ必要があると思います。真似しているだけではまだ自分のモノとは言えません。
今はまだ深い地面の中で人知れず輝き続けているのかもしれませんが、最終的に辿り着く光はやはり自分の中にあるんだと思います。
「ここは光の国。誰もが輝く星」
今は亡き20代ミュージシャン時代の盟友の歌詞の一部です。
私は読んだことがないのですが、「宇宙船地球号」の著者、バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller)が残した格言で
「あなたを構成する99%は透明で触知できない("Ninety-nine percent of who you are is invisible and untouchable.")」
と言うのがあります。
私は下記、ちょっと異なる内容で記憶していました。
「起きている出来事の99%は目には見えない(99% of what's going on is invisible.)」
異なる内容であれ、何年も前にある方から聞き、度々思い出してきたことです。上記、どちらでも共通することがあります。
つまり、人の意識より遥か果てしなき数えきれない物事が常に身の回り、そして、体内でも脳内でも起きている。
全部知り得ることは不可能かと思いますが、そのようなこと事実を把握しているだけでも物事を理解していく上での参考材料にはなることもあるかと思います。
少なくとも私は過去に幾度もありましたし、これからも幾度も起こりうるかと思っています。