東京とロングテール
東京に可能性を感じている。
東京は自分の生まれ故郷であり、今も生まれた家のすぐ隣りの空き家に間借りさせていただいているが、子供の頃から何度も来ているのに今回は不思議な感覚を覚えている。
何なんだろう、この気持ちは、と思っていたが、ふと今日の帰り道にヒットした。
そう、ロングテールと一緒だ。。。
なんだ、インターネットよりずっと前からあったんじゃん。。。
インターネットのことを語る時によく「ロングテール現象」の話が出てくる。
ロングテール現象とは、詳しくはググって(Googleで検索して)ほしいのだが、簡単に言うと従来の市場では需要が多いモノしか売れ筋ではない、と見なされていたのが、インターネットの多様性によって、需要の低いモノでも根強い需要があれば、つまり、ニッチなモノでもマニアがいればがそこそこ充分な売上を出すことが可能となり、それをグラフに描いてみると右に長い長い尾(=ロングテール)をひっぱるように多種にわたるニッチなモノの数々が市場の可能性を永遠と広げている現象のことを言う。
・・・簡単に言うと。
で、東京も一緒。ロングテール現象がここにはある。
ホントに何でも有りの街だと思う(「街」と呼ぶにはあまりにも大きすぎるが)。
インターネットと同様、良いモノ、悪いモノ、楽しいモノ、つまらないモノ、普通のモノ・・・、果てしなく何でも有る。
とにかく、人は沢山いる(笑)。
一千万なんて簡単に数字で言えるけど、実際はホント、どの角度から改めて見てみても想像に絶する数の人々がこの街には存在している。
果てしなく何でも有りの街、無限の可能性・・・、そう、以前からインターネットに抱いている気持ちと同じだ。。。
その無限の可能性を今、東京に対してジワジワと、水面下で感じている自分がいる。何か感じている、掴みきれていない何かを。。。
しかし、そこで一旦自分に水を差す。
そう言いながらもまだインターネットの可能性を充分どころか全く引き出しきれていない自分がいる。東京だって同じだろう。惚れた程度で(別に惚れちゃあいないけど;)フフっと笑い返されるだけさ。
こんにゃろ~~(笑)。
まぁ、いいとして。
可能性が広がるのはとてもいいことなんだが、一番肝心なのは足元と身の回りと日々の行動と結果と学びと方向性。場所は変われど日々がんばり続けなければいけないことは一向に変わらない。
それと、これもインターネットと同じだが、東京には無限の可能性を感じてはいるものの、自分がずっと居続ける場所だとは思ってはいない。力を注ぐべきなのは今だからであって、放っておいても流れ続ける川のような流れを作り上げることが出来れば別にそこまで依存するモノでもないと思っている。
東京も、インターネットも、居心地はいいんだが、本当の意味での豊かさや幸せはやっぱり田舎だったり、アナログにあったりするんだと、そう信じている自分がいる。決して東京とインターネットを否定しているわけでは一切ないが、そこにある種のバランスを見出している自分がいる。
西に向かいながらも東を想ふ、矛盾しているように思われがちかもしれないが、自分の中では理にかなっている。
広ブロっち♪ d(^-^)