甲子園小僧
実はボクは少年時代は熱狂的な甲子園小僧だった。
自分の夢は高校生になったら甲子園に出場することはもちろんのこと、当時、甲子園の大会は春・夏、全試合を自分流スコアボードにつけていた。自分流と言うのは、つまり、正しい方法を知らずに好き勝手につけていただけのこと。試合が終わったら試合の内容を表現するイラスト漫画がもれなくついていた。
高校に行く時は地元、香川県善通寺市の善通寺一高校(善一)に行くことを決めていた。
ボクに野球を教えてくれたお兄ちゃんが善一の野球部で活躍していたのと、その頃から本能的に地元貢献型な考え方をしていたんだろう(笑)。
言うまでもなく、ボクの、野球で甲子園に行く夢は渡米によって砕けてしまった。
一時期ちょっぴり親も恨んだりした。
あっちでも野球はしていたが、トーナメントではなく、リーグ制で、毎試合がダブルヘッダー、選手の大半がチューインガムをクチャクチャやっているか、ひまわりの種の殻、もしくは監督に隠れて紙タバコの汁をペッペ吐いている風景は自分の甲子園野球に対する想いとは全く異なり、気持ちもかなり、かなり冷めていった。
そんなある日に舞い込んできたニュース。
ボクの地元、香川県善通寺市には県の予選大会に出場する高校が2つあり、どちらも強いと言われながらいつも予選で敗退していたのだが、ボクが行かないと決めていたもう1つの高校が何と初めて甲子園出場が決定になったのだ。
日本にいたら丁度ボクも高校生の頃。
そのもう1つの高校の名前を尽誠学園と言う。その時は初出場だったが今では常連校のようだ。当時の尽誠学園の投手は後にロッテ・ヤンキーズ・阪神で活躍した伊良部投手だった。
つまり、まぁ、たらればを述べれば、もし、ボクが日本にいて、予定通り善一で野球をしていたら尽誠学園とも練習試合をしていただろうし、伊良部投手にもコテンパンにやられていたんだろう、ただそれだけのこと(苦笑;)。
何てこと無い余事の余談であった。。。
広ブロっち♪ d(^-^)